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大阪高等裁判所 昭和35年(う)279号 判決

控訴人 被告人 金相黙

検察官 田口猛

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の理由は、記録に綴つてある弁護人間刈昭及び被告人名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意一について。

なるほど記録によれば、本件外国人登録法違反事実につき、その登録申請免責期間を起訴状の公訴事実では寄港地上陸許可期間が経過した昭和三十四年七月九日頃不法に入国したものとしてその日から六十日以内と摘示しているのに対し、原判示(二)では寄港地上陸の許可の期間の経過した昭和三十四年七月九日からは正規の入国手続を経ずして本邦に在留することとなつたがその日から三十日以内と認定していること、しかしてこの点につき原審は何ら訴因の変更手続を経ていないことは所論のとおりである。しかしこの両者の相違の点は、外国人登録法第三条第一項の法律の解釈に関連するところであるが、右六十日以内とする訴因につき、三十日以内と解し認定することは、罰則の適用法令については何ら変りがないばかりか、六十日以内にも登録申請をしてなければ三十日以内にはもちろん、これをしていないのであるから被告人の防禦につき何ら不意打ちを与えるものでないので、予め訴因の変更手続を経ずしてもこれをなし得ると解する。従つて原判決には所論の訴因変更手続を経ないでは認定できない事実を認定したとする訴訟手続の法律違背のかどはない。

ところで外国人登録法第三条第一項前段の「本邦に在留する外国人は、本邦に入つたとき」とは、同法第二条第二項所定の外国人が適法、違法を問わず本邦に入つたときを意味するものであるが、出入国管理令の規定による寄港地上陸の許可を受けた者は同法の外国人でないのでこれらの者が本邦に上陸してもこれに該当しないと解する。又この寄港地上陸許可を受けた者が、その許可期間を経過して違法に在留するとき、そのときを以て本邦に入つたものと解するのは既に本邦に入つているものであるから解釈としては無理で、むしろこのときはこの期間の経過とともに外国人登録法第二条第二項の外国人とみるべきであつて従つて同法第三条第一項後段の「本邦において外国人となつたとき又は出生その他の事由により出入国管理令第三章に規定する上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなつたとき」に該当するものと解するのを相当とする。このことは、出入国管理令第七〇条において第一号と第七号を区別していることからも推察できる。この場合必ずしも所論のように適法に在留し得る場合に限らず、適法、不適法を問はないものと解する。従つて本件の如く出入国管理令第三章の第一四条の寄港地上陸の許可を得た者が、許可の期間を経過後正規の手続を経ずして本邦に残留した場合は外国人登録法第三条第一項後段に該るので、登録申請免責期間を三十日以内とした原判決には法律の解釈、認定に誤はない。従つて本論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意二及び被告人の控訴趣意について。

所論は、被告人の所為をもつて被告人としては已むを得ないところで被告人にこれ以外の所為を求める期待可能性はないとするが、所論のように、終戦前より日本に在住し、偶々昭和三十年転地療養のため三ケ月の予定で帰国したものの病状が長引き旅券の期限が切れて日本に帰来することが不可能となり、全快後熊本市に残したパチンコ店の経営が気になり本件犯行に及んだものとしても、この所為をもつてこれ以外の所為を被告人に求める期待可能性がないものとは解せられない。

なお被告人が松原警察署に昭和三十四年九月十日自ら出頭したとしても、記録によればそれより以前既に昭和三十四年七月二十四日大阪入国管理事務所から大阪府警察本部長等宛に被告人の本件事犯につき捜査手配を依頼していることが認められるので、被告人の出頭は法律上の自首とは認められない。

しかし記録を精査し案ずるに、原判決は被告人に対し、懲役刑と罰金刑を併科しているが、懲役刑はその執行を猶予したとしても、被告人は現に大村入国収容所に収容されている身であり、又本件によつて特に利得を得たとも認められないので、わざわざ罰金刑まで併科し、しかもその罰金額が最高額にも近い十万円の科刑はいささか重きに過ぎるものと思料せられる。従つてこの点において原判決は破棄を免れない。従つて量刑不当の論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条を適用し原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直ちに判決するのに原判決の確定した被告人の所為を法律に照すと、原判示第一の点は出入国管理令第七〇条第七号(第一四条)に、原判示第二の点は外国人登録法第一八条第一項第一号(第三条第一項後段)に該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪につき、各所定刑中懲役刑を選択の上同法第四七条本文、第一〇条により重い前者の罪の刑に同法第四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状に徴し同法第二五条第一項により本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予し、原審並びに当審における訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本武 裁判官 三木良雄 裁判官 古川実)

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